
『師走』・・・12月。年の暮れ、家々で師(僧)を迎えて、読経などの仏事を行うため、師があちこち忙しく、走り回ることから師走と呼ばれていました。
とうとう今年も12月になりました!!
会社勤めの方も、お坊さんも、主婦も多忙な月になりますね!!
今日から信濃町観光協会 ホームページも冬バージョンにころもがえです。
12月はスキー場OPENに、クリスマス、冬休みなど、おとしとりなど、みんなで楽しく過ごすイベントなどもいっぱい~o(^▽^)o
こちらの案内所も・・・、まずは、楽しくクリスマス気分に♪♪♪
なっています~(´▽`人)☆★☆★☆



冷え込む朝も、忙しい日も、こんな可愛らしいクリスマスの飾りを見ると、ホッとしますね!!
旅に出かけたくありませんか!?
旅に出かけたくありませんか?あてもなく・・
私は、常に旅に出かけたくてなりません。。(一案内所員。(●^o^●))
だけれども、結局・どこへ行きたいのかわからない。
とりあえず、電車に飛び乗って出かけてみるのも良いかもしれません。。
※危険です。本当に飛び乗らないでください!!
出来れば、新幹線とか特急でなく普通列車あたりで・・
ゆっくりと、車窓をよぎる景色をみながら・・・・・・
贅沢な時間を過ごす△▼△▼△▼
↓写真は、JR黒姫駅より新潟県、直江津に向っています。途中、妙高高原・新井駅を通ります。
↓こちらも黒姫駅からですが・・信越線、上り長野方面になります。古間・牟礼・豊野を通ります。
ガタンゴトン・ガタンゴトン・・電車の音が聞こえませんか!?
12月といえば・・・・
年末大掃除の月。
ここ、駅前・観光案内所も、師?が走っているので、案内所員が年末?大掃除をし始めました。
普段、手をつけない所は、かなりのものです!!
エアコンのフィルターなどは、特に!!(エアコン、フィルターは、お掃除するだけでも・・電気料がお得だそうです。)
町内、ホテル・旅館・ペンションさんなどの宿泊施設等もホワイトシーズンに向けての準備を行っている様です。

寒さも、一段とまた増してきますが・・
皆様、風邪など体調管理には充分・気をつけて下さいね!!!

黒姫高原スノーパークOPEN予定日12月18日まであと2週間になりましたが
残念ながらスキー場の積雪は昨日の雪で標高1000m以上でうっすら雪景色に
なりましたが下の方は現在まったくありません。
先ごろ発表された気象庁の3ヶ月予報ではやはり暖冬、小雪傾向とのことでしたが
スキー場には充分な積雪を祈るばかりです。
もう、何年か前になりますがその年もやはり小雪でスキー場の
OPENが出来ない状態で観光協会では黒姫高原スキーリフト協会合同で、
戸隠神社へ出向いて、雪乞いの神事を行って来ました。
黒姫山の西登山道を約20分程登ったところにある「種池」の水を、
一升瓶に2本汲取って神前に捧げます。

戸隠神社中社の神殿に拝殿し、宮司さんに参加者一同のお清めと、
積雪に恵まれて安全で事故がおこらないよう祈願をして頂き、
お神酒を頂戴しました。
その後黒姫高原スノーパークのコスモプラザ前にある
「黒姫高原開発の碑」にもお神酒と「種池の水」をお供えし、
最後に「種池の水」をゲレンデに撒いて積雪と安全を祈願します。
もうしばらく、様子をみてこのまま雪が降らなければ
今年は雪乞いに戸隠神社へ祈願かもしれません!
どうかスキー場に一日も早い降雪をお願いします。
「種池」は、黒姫山西登山道からも少し離れた小さな池なのですが、
昔、中野のお城のお姫様(黒姫)が、家臣と恋に落ちて駆け落ちし、
その際お供をした侍女の「お種さん」が、帰る場所もなく身を投げたのが
「種池」と呼ばれる言われと聞いています。
戸隠地方では春に田んぼの水路を開く際、必ず「種池の水」を
初めに水路に流した後、水門を開き、豊作を願うとも聞いています。

むかしむかし、大悟羅月上人というえらいお坊さんがいました。
善光寺の方から越後に行こうとして柏原を通りかかりましたが、
とっぷりと日が暮れてしまいました。「仕方あるまい。この松の下で
野宿でもしよう。」
あたりは山桜が満開。春ほんばんの気持ちのよい夜です。
月もおぼろに上がってきました。疲れきっているお坊さんは、
まもなくうとうとと眠りに入りました。
しばらくすると金色の雲に乗って、美しい女の人が金銀宝石を捧げて
現われました。
「私はこの山に住んでいる弁財天です。仏様のおいいつけで、
貧しい人や苦しんでいる人達に、
幸せや豊かさを施すようにやってきました。私に願をかければ、
必ずかなえてあげましょう。」
「あなた様が・・・・・・本当ですか。」
「上人よ、このことを日本国中の人達にに伝えて、悩みや苦しみ、
そして欲望からもぬけ出し、仏様のしあわせに気づかせるようにしなさい。」
そう言って、金銀宝石を上人のふところに入れようととしたとたん、
上人ははっと目が覚めました。
お坊さんは弁財天のお告げに感動し、全国を廻ろうとかたい決心をしました。
ある年のこと、ある大名がお山に(現在の黒姫山)四天王寺という山寺を
つくりました。
ちょうどその頃、日本各地に弁財天のお告げを広めていた大悟羅月上人が、
ひょっこり柏原へ帰ってきました。
山寺を建てた大名は上人に山寺の住職になってもらいました。
上人の話を聞いた全国の善男善女は、弁財天のご利益にあずかろうと、
日夜押すな押すなと山寺に集まりました。
さて何年かたったある日、弘法大師が奥信濃に美しい山があると
聞いておりましたので、一度ぜひ見たいとこの山寺を訪れました。
「ほうー聞きしにまさる、温かいたたづまいの山だ。」と言って、
見とれておりましたが、それにしても、この山深い寺に毎日沢山の人達が
集まってくるのはどうしてかな、とても不思議に思ったので、お詣の人に
たずねました。
「どこからいらしたのかな。」
「はい、私どもは上州から・・・・・。」
「私は越中からきました。」
「ふむ、なにかよい事でもあるのかな。」
「弁財天の御利益にさずかりたくて、上人様のお話しを聞きにきたのでございます。」
「ほう弁財天のね。」
そこで弘法大師は、上人に、
「弁財天の御利益とどんなことかね。」と、お聞きになりましたら、
「じつは、夢枕に弁財天が立ちまして・・・・・。」
坊さんは、弁財天のお告げを一部始終を話しました。弘法大師は目をつぶって聞いておりましたが、
「その尊いお姿を私が刻みましょう。」
と、いって、精根こめて彫ってくださいました。やがてみごとなお像が生まれました。
「これを山寺に安置して財宝や幸せの仏にしなさい。」
大師はそうおっしゃって、ふたたび遠い旅へとおたちになりました。
年月は流れ、大悟羅月上人もこの世を去りましたが、山寺はその御利益のためかますます
栄えました。さらに280年ほどたって、お山の中心地点(今は大滝といわれている)に
立派なお寺を建てて、弁財天にちなんで山を姫獄、山寺を宝慶寺と改めました。全国から、
「弁財天の御利益にさずかりたい。」
「私も、あなたも、みんなさずかりたい。」
と、寺の周りには仏徳をしたって人家ができてきました。
もろもろの願いごとがすべてかなったのでした。
けれども、大きな山崩れがあり、寺はすべて埋ってしまいました。
(現在ときどきその時の物が出土するそうです)しかし、不思議なことに弁財天だけは助かりました。
そこで今度は赤渋という所へ寺を建てたのです。けれど弘化四年の大地震でまたまた寺の建物が、
全部こわれてしまうという被害にあいました。でも信心ぶかい人々の協力で、
長い年月をかけて再建されましたのが、今の真言宗雲龍寺だと伝えられています。
弁財天は寺の何回かの災害にもかかわらず、奇跡的に助かり、寺と共に移転して、
今では黒姫弁財天といわれ、雲龍寺の本堂に安置され信仰を集めています。