
1875年(明治8年)8月17日、ドイツの地質学者、ハインリッヒ・エドムント・ナウマン(Heinrich Edmund Naumann、1854~1927)博士が、明治政府の招きで弱冠20才で来日しました。それから10年間に行った主な仕事は、東京大学地質学教室の初代教授となって地質家を養成したこと、現在、茨城県つくば市にある国の調査機関、地質調査所の設立に尽力、設立後、調査責任者として日本列島の地質調査に従事し、日本初の本格的な地質図を完成させたことです。調査は北海道を除く地域で行われ、調査距離は1万kmにもおよびました。当時は、等高線のある地形図はなく、伊能図の海岸線の輪郭図のみでしたから、地形図をつくりながら(測量しながら)、地質調査をするといった大変な仕事でした。野尻湖の湖底発掘で有名なナウマンゾウの名前は、日本でゾウの化石をはじめて研究した博士の名前にちなんでつけられました。
ナウマン博士が日本に滞在した期間は9年足らず。しかし、その間にナウマン博士はなんと1万kmもの距離を調査しています。
この距離は、東海道新幹線で東京駅←→京都駅の間を10往復したものに相当します。ナウマン博士が調査に当たった頃は、ようやく鉄道が新橋・横浜間や京都・神戸間にできたばかりでしたので、調査のほとんどは徒歩や馬による移動でした。
さらに当時の日本では地質調査に使えるような精密な地図がありませんでした。(伊能忠敬の地図には、海岸や主要街道を測量していったため、輪郭は正確ですが、内陸の情報が少なかったのです。また、等高線も描かれていませんでした。)このため、ナウマンの地質調査は、地形図を作りながらの作業でした。
信濃町には野尻湖ナウマンゾウ博物館があります。
この博物館は長野県の北端、信濃町の野尻湖畔にあります。 1962年からはじまり45年以上続けられている「野尻湖発掘」の成果を中心に、約5万年の昔から現在に至るまでの、野尻湖周辺の自然環境を研究・展示している博物館です。発掘された化石をもとにした実物大のナウマンゾウとオオツノジカの復元像や、豊富に展示されている骨器や石器の資料、実際に化石にふれることができるコーナーや、石器作りなどの体験ができる学習会もあります。あなたもここへ来て、野尻湖のまわりをゾウやシカが闊歩していた太古の世界に想いをはせてみませんか。

ただいま、特別展「オノの石・ヤリの石 -石器になった石をさがそう-」開催中!!
第25回特別展「オノの石・ヤリの石 -石器になった石をさがそう-」 を3階特別展示室にて開催しています。原産地の石材と野尻湖遺跡群の石器を多数展示します。石器石材の調べ方コーナーもあります。
会期 2010年 7月17日(土)〜11月29日(月)
みなさまのお越しをお待ちしています。